生きている、とは? 人魚の眠る家/東野圭吾

東野圭吾さんの「人魚の眠る家」。

映画にもなっていますね。
Amazon primeで見れたので、原作を読んでから見てみたのですが、最初の10分で悲しすぎていたたまれなくて見るのをやめてしまいました…
感情移入しすぎなんでしょうか。またいつかチャレンジしてみたいな。

あらすじです。
播磨薫子は、夫和昌と「娘の小学校受験かわ終わったら離婚する」と話していた。
そこに娘がプールで溺れたという悲報が届く。
娘との別れを受け入れられない薫子がとった方法とは?

こんな感じでしょうか。

このお話は、脳死について葛藤するお話。
脳死なんて、ドラマや小説、道徳の授業で習う程度のことだと、誰もが思っていますよね。
脳死の定義なんて知らないしその選択を迫られるなんて思いもよらない。

大好きな家族が
生きているのか
死んでいるのか
あなたが決めます。

そんなことってあるのだろうか。大好きな彼女はもう戻らないことに変わりはないのに。

健康であることがどれほど幸せか、健康がまわりの人すらも幸せにしているのかと思いました。健康であることに感謝しなくちゃ。

わたしの仕事は理学療法士。病気やケガを負った人が日常生活へ戻っていくためのお手伝いをする仕事です。

この仕事をしていると、たくさんの人に出会います。努力して治ろうとする人。意欲を失ってしまった人。いい人もいれば、嫌な人もまたいます。しかしいつも思うのは、この人たちはみな、誰かの大切な人なのだということ。

先日祖母の脳に腫瘍が見つかり、そこから出血していることがわかりました。

この年になるまで身内がそんなふうに病気になることはなくて、身近な人が病気になると、まわりの人間もつらいのだということに初めて気が付いたのです。

きっとわたしの患者さんの家族も、そんなふうに思っていたのかもしれない。と思いました。

これからは患者さんだけじゃなく、その患者さんを思う家族のことも救っていきたいです。